SS企画「一枚絵で書いてみm@ster」参加作品です。
お題の一枚絵はこちら
それでは本編は続きからどうぞ。
「本当に、出て行くのね」と、そう母は言った。私は、一言も発しなまま軽く頷いた。
「千早、あなたは変わったわ」、そう母は言った。私は、一度も振り返ることも無く、家を出た。
こんな時だけ、母親面をしようとするあの人の顔など見たくもない。言葉など、交わしたくも無い。
この家で、何度涙を流しただろう。でも、その涙の数を、あの人はきっと知らない。知ろうともしていない。
ならば、私は別れを選ぼう。もう、悲しみには流されたくない。
都心のマンション。私には不釣合な新しい住処。
本当は、あの人から離れられればどこでも良かった。金銭の問題ではなく、心情的な問題だ。
でも、プロデューサーがどうしてもと、セキュリティの整ったここを推した。私のことなど、放っておけば良いのに…。
不慣れな手つきでオートロックを開け、エレベーターに乗る。
今日は努めて冷静なつもりだったが、エレベーターが昇るほどに、高揚する気持ちを自覚するようになった。
これは、あの人と離れられたから?…それとも…
「おかえり!」と、ドアを開けた私に真は言った。私は何も言えなかった。
「どうしたの?千早」と笑顔で真は言った。その笑顔がまぶしくて、私は大切な一言を忘れていた。
「ただいま。真」と私は言った。真は一層笑顔を輝かせて、私に飛びついた。
「これからよろしくね、千早」と真は言った。私は「こちらこそ」という言葉に替えて、真をそっと抱きしめた。
ここには誰もいない。
口うるさい父親も、無関心な母親も、誰もいない。
私たちを鳥籠に閉じ込めようとする者は、誰もいない。
ただ、私と真がいる。それだけで、この部屋は天空にも、海原にも思えた。
「ありがとう。千早」と、真は言った。私はそっと笑顔で返した。
「ボク一人じゃ、あの頑固親父のことだから、実家を出るなんて許してくれなかった」と、真は言った。私が「そうね」と言うと、真はプッと吹き出した。
こんな風に笑えたのは、きっとあなたのお陰よと、その日、真と同じベッドで聞こえないように呟いた。
■■■
真とルームシェアを始めて、1週間が過ぎた。
私は、酷く疲れていた。
二人暮らしが辛かったのでは無い。決して順風満帆とは言えなかったけど、親の庇護を離れた身の上なのだ、多少の痛みなど計算の内だった。
それでも真と共に過ごすことは幸せだった。だけど…だからこそ、一人になるのが怖かった。
元気な真、優しい真、そして…私を愛してくれる真…。いつか失われてしまうのではないかと、怖くて仕方なかった。真の心がいつか、変わってしまうのではないかと、恐ろしくて気が狂いそうだった。
そして、憎かった。何より、自分自身が。真を心変わりを心配する、汚い自分の心が。
何故、信じられない?
何故、安心できない?
そう思えば思う程、私の心は袋小路に囚われていった。
今日も答えの出ないまま、真は帰ってくる。
「ただいま」と、真は言った。「おかえり」と私は返した。
「お腹、空いてない?」と、私は言った。「うん!」と真は笑顔で返した。
今日はハンバーグを作った。
レシピを見ながら作っても、うまくいかず、少し焦げた。
でも真は、「おいしいよ」と、残さず食べた。そのことですら、私の胸はシクっと痛んだ。
夕食の片付けを終えて少し落ち着いた頃、真がフッと呟いた。
「千早、キミは変わったね?」と。
私はそれを聞いて、頭を撃ち抜かれた様なショックに襲われた。
変わった?私が?
何が…変わったと言うの?一体、何が…。
変わってしまった私は…どうなるの?変わってしまった私を、真は見捨ててしまうの?
いや…そんなの…イヤ…。
状況が飲み込めないまま、思案をめぐらす私に、真は照れた笑顔で続けた。
「料理が上手になった」と。
「料理…?」と、私は聞き返した。「うん!」と真は今度はしっかりと笑顔で答えた。
「すごいよね。たった1週間なのに、凄く上達してる」と、真は言った。…私は、そんな真に、問いかけた。
「真は…私が変わっていくのが…嫌じゃないの?」と。
「ううん」と、真はキッパリ否定した。「何故?」と、私は再び問いかけた。
真は、少し神妙な面持ちで、私に言った。
「嫌じゃないさ。だって千早は千早でしょ?」と。
「それは…そうだろうけど…」と納得の行かない私に、真は続けた。
「ボクも千早も、これからきっと色々なモノを見て行く、色々な人に出会う、色々な経験を積んで行く。なのに…何も変わらないままなんて、むしろそっちの方がおかしいよ。…そりゃ、良い方向にばっかり変わるとは限らないさ。でも…ボクは信じてる。千早はきっと、良い方向に変わっていくんだって」
「どうして?どうして…そんなに…私を信じてくれるの…?」と、私は思わず問いかけた。真は「そんなの、当たり前じゃないか」と言いたげな表情で答えた。
「だって、今のボク達は家族じゃないか」と。
家族…私が失ったもの。…私が、捨てたもの。そして…私が求めてやまなかったもの。
全てを受け入れてくれる、暖かいもの。
全てを受け入れることが出来る、優しいもの。
誰にも切れない、絶対の絆。
そう…家族…。私たちは…家族。
「ねぇ、千早?キミはボクが変わっていくのがイヤ?」と、真は聞いた。
「いいえ」と私は答えた。
何も変わらないままでいれば幸せなのだと、思っていた。
でも、それは違った。
新しい自分を受け入れてくれる人がいることが、幸せなんだ。
新しい誰かを受け入れられることが、幸せなんだ。
古い自分と別れることは怖い。その行き先など分からない。
だけど、その先へ私は進もう。いつかそのことを悔やもうとも…私には、家族があるから。
「千早、あなたは変わったわ」
母の言葉を思い出した。今思えば…弾んだ声だった。
あの時、母の表情を見ることは無かったけど…もしかしたら笑顔だったのかもしれない。
既に失われていた家族だと…私は思っていた…。でも、本当は…その場にあったのに無関心で居たのは…私の方だったのかも知れない。
■■■
「あれ?千早、何してるの」と、ソファに座る私に、真が問いかけた。
「ちょっと母にメールをね」と、私は答えた。
「変なの。直接会って話せば良いのに」と、真は言った。
「そうかもね」と、私は笑った。
メールに何を書いたか…真には秘密にしておこう。
そして、母からの返事にはこうあった。
「ただ、前だけを見つめていきなさい」と。
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きゃ?、こ、これはLilyな奴ですね。
自分はあんまり感想を書くには相応しくない奴ですけど。
ルームシェアの発想は今回のお題で、自分の頭に浮かんでは消えていった話が多分300個くらいありますが、一度も浮かびませんでした。
変節と成長の物語ですね。でも真と千早ならば、成長の道を進んでいくと思わせてくれるSSでした。
家庭問題を自分の事として語り合えるアイドルは、
意外と少ない気がします。
やよいや伊織も色々あるけれど、少しベクトルが違うので。
その意味で、千早と真は、互いに理解し合えるかもしれません。
こちらの作品と、今回の企画の諸作品を拝見して
しみじみ思うのは、真はいいバランサーだなぁ、と。
色々な感情や出来事を上手く受け止め、
波穏やかにして返す事が出来るキャラなんだな、と勉強になります。
>月の輪P
コメントどうもです。
いやー、そんな百合ってますかね?
千早って依存的な部分が多いと思うんですよね。だからこそ色々な不安に苛まれてしまうみたいな。
どうあっても受け入れてくれる人、みたいなのが千早には必要かなと思うと、P以外だと真が丁度いいかなと。
>ガルシアさん
どうもです。
千早は良い子なので、年下のやよいや伊織には悩みを見せない様にしちゃうんじゃないかなと思うんですよね。じゃ、やっぱり真、ということになるのかも知れません。
真は結構度量の広い人間だと思うんですよ。意識的にではなく、感覚的に相手のペースを上手く持っていけるような。
千早の相手役になることが多い春香もそれに近いものを持ってると思うんです。
変化というのは本当に怖いですよね
自分が心地よいという世界が壊れた 千早はそれを
一度経験してるからこそ今ある幸せにしがみつきたい
という意識があるのかもしれませんよね
でも、もっともっと世界が広い もっともっと世界ごと
変われると教えてくれる人がいる
千早は幸せですよね もちろん真だつて
拝読致しました。
ふおお、これまた違った雰囲気のお話に!こういうお話もいいですね。
千早さんの年齢から考えると、このような話題に関しては千早さん自体が過敏になりがちになってしまうと思われますが、真さんとの付き合いの中で、穏やかに消化されていって、優しくもどこかじんわりと感慨深い雰囲気だなぁ、と読んでいて感じました。
そんな人間的に成長した千早さんが歌う蒼い鳥は、切羽詰っていた頃の蒼い鳥とはまた感じが異なってくるのでしょうね。新説・蒼い鳥、素敵なタイトルですね。アイマスの世界で生きることができたなら、一度ファンとして聞いてみたいです。
素晴らしいSSをありがとうございました!
>トリスケリオンさん
どうもです。
そうですね。互いの変化を受け入れながら成長をしていける関係性って素敵だと思うんです。今の幸せが脅かされても、その先にもっともっと大きな幸せがあるんだって信じていける、そんな2人になって欲しいなーと思って書きました。
>小六さん
どうもです。
千早が優しく成長して良く過程を上手く描きたいなーってつねづね思っています。
蒼い鳥って本当はもっと前向きな曲であっても良いかなと思うんですよね。きっと、成長した千早ならそう歌ってくれるんじゃないかなと。
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