暗い話です。注意。






「今、何時だ…12時?なんだ、昼か?夜か?」

 まどろんだままの瞳に、少し陽の光が差し込む。ああ、今は昼か。
 まあ、どちらでも今の俺には関係ないことだ。どうせ酒を飲んでまた、寝るだけだからな。
 自分でも、よくもまあ、ここまで堕ちたものだと言いたくなる程、自堕落な生活。でも、これくらい良いだろう?俺は…全てを失くしてしまった。いや、これは単なる喩えだな。正確に言うと…

 律子が…死んだ。

 そういうことだ。分かってくれとは言わない。ただ、アイツは…俺の全てだった。

「プッ…クククッ…アーハッハッハ!!”俺の全て”だってよぉ!臭っせぇ台詞だな?!!我ながら!」
 俺の中の、もう一人の俺が大声を上げてゲラゲラ笑ってる。
「大ボラこいてんじゃ無ぇぞ!コラァ!!全てを失って、何で生きてやがるんだ!!酒なんて飲んでる場合かよぉ!!」
 そうだ。結局俺は、生きている。
 全てを失ったなんていう喪失感に酔いながら、ただ、生きている。

「さてさて、テレビでも見ますかねえ。あれ?テレビが無いな?あ、そうか。この間窓から投げ捨てたんだっけ!」
「んじゃ新聞…は止めたんだっけ。雑誌は…そこら中のコンビニのを買い占めて、ビリビリに引き裂いてやったんだっけなあ!俺も暇だねぇ…クックック…」

 世間の全てが、律子を”悲劇のヒロイン”と祭り上げた。
 そりゃそうだ。もうすぐAランク…トップアイドルまであと少しのところでの事故死だったのだから。こんなドラマチックな死に様は無い。
 だけど…だけどなぁ!!

「ふざけるな!ふざけるんじゃねぇよ!!」
「悲劇だと?そんなありきたりな言葉で俺の律子を語るな!!!」
「分かるか?俺の運転する車だったんだよ!事故ったのは!交差点で!暴走車が左から突っ込んできやがった!!助手席には、律子が乗ってたんだよ!」
「突っ込んできた車と、俺との間で、臓物ぶちまけて血だらけになりながら生き絶えて行くんだぞ?最愛の人間が!分かるか?単なる一過性のブームに浮かれやがって!”惜しい人を失いました”だと?どうせ1ヶ月もすればクソみたいな熱愛記事に浮かれてるんだろうがぁ!!」

 足元でバラバラになった雑誌を蹴り上げ、壁に拳を打ち付ける。
 既に隣の部屋の住人は、俺の狂気に気付いてか、引っ越した後だ。誰に咎められることも無い。

?ピンポーン?

 不意に、インターホンが鳴った。
 俺は、確認することも無く、ドアを勢い良く開ける。
 強盗だろうが変質者だろうが構わない。どうせ、俺も似たようなモノだろうからな。だが、ドアの前にいたのは…

「涼ちゃん…いや、涼”君”だったっけな…?」
「お久しぶりです…プロデューサーさん」

 涼君は、律子の従兄弟であり、つい最近まで男であることを隠して女性アイドルとして活動をしていた。
 トップアイドルになったことで、カミングアウトをして、今は男性アイドルとして再デビューを待つ日々とか…。まあ、俺には関係の無いことだ。
 律子とは従兄弟同士ということで、当然、俺とも面識があった。しかしながら、俺もつい最近まで彼女…いや、彼が男性であることを知らなかったわけだが。

「…何か用かい?涼君?あいにく俺はキミに話すことなんて何も無いんだがな」
「その…律子姉ちゃんの遺品を整理してきたら、出てきたモノがあって…。伯父さんや伯母さんとも話して、プロデューサーさんに貰ってもらおうって…」

「帰ってくれ…」
「そんな…僕の話をちゃんと聞いて…」
「キミも、律子に似てお節介だな!遺品だと?そんなもの貰って何になる?それで律子が生き返るのか?」
 そうだ。遺品などに何の価値も無い。それ以前に、俺自身に価値など無いがな。
 しかし、俺の言葉を聞いて、涼君の顔色が変わっていく。

「そんなもの…だと?」
「どうした、涼君?そんなしかめっ面しちゃあ、折角のかわいい顔が台無しだな?」
「ふざけないで下さい!」
 俺の胸ぐらを掴む彼の力は、やはり男子のそれであった。

「姉ちゃんが…律子姉ちゃんが…どんな気持ちでこの曲を書いたか知らない癖に!昼間から酒なんか飲んで…これじゃぁ、律子姉ちゃんが浮かばれないよ!!」

「…曲?」

 涼君が取り出したのは、一枚のCD-Rだった。

■■■

「しかし、律子が曲なんて…書けたのか?」
「こっそり忙しい合間を縫って勉強してたみたいです。…これで良しっと。再生しますね」

 少し落ち着きを取り戻した俺たちは、部屋の中で律子の遺作を聴く。
 パソコンをまだぶっ壊して無くて良かったと少し思った。

「こりゃ…また…」
「意外…ですよね…この曲調」

 その曲は、軽快な…それでいて可愛い曲調。
 アイドルソングとしては典型的でもあり、だが、それまでの律子の曲とは違って思える。でも…

「でも…何でだろうな…聴いてると、律子の顔が浮かんでくる…」
「やっぱり…プロデューサーさんも分かりますか?」
「…この曲…歌詞は?」
「姉ちゃんの部屋にあったノートに、走り書きですけど、それっぽいのが…。これなんですけど…」
「…『いっぱいいっぱい』…これがタイトルかな…」
「恐らく…」

 その歌詞は、曲に負けず劣らずの可愛い歌詞。
 恋に奥手な女の子の気持ち。友達から、恋人に踏み出せない女の子の気持ち。
 こんなの、ちっとも律子らしくない…でも…。

「律子らしい…歌詞だな…」
「やっぱり…そう、思いますか?」
 何故だろう。そう思わずにはいられない。歌詞を読み進めるほどそう思う。

「きっと、この歌詞に出てくる”あなた”っていうのは…プロデューサーさん?」
「…”いっぱいいっぱいあなたの声を いっぱいいっぱい聴かせて欲しい”だとよ…バカヤロウが…聴かせる前に逝っちまいやがって…」

 誰がなんと言おうと構わない。
 これは、律子が俺のために書いた歌だ。そうに違いない。
 だから、涼君も、律子の両親も…俺にこの曲を…そうなんだろう?

「そうだと…思います…でも…今のあなたを見たら…律子姉ちゃん、きっと悲しむと思います…」
「そうか…そうだよな…。なぁ、涼君…?」
「なんでしょうか?」
「この曲…キミが歌ってくれないか?…そして…俺にキミのプロデュースをさせて欲しい…」
「良いん…ですか?僕で…」
「キミも…律子の血縁者なんだ。権利がある…こんな飲んだくれで良ければ…頼む!」
「ベスト…尽くして下さいね?」

 もう一度立ち上がろう…この曲の為に…律子のために…。


■■■


 俺の見立ては正しかった。
 ”悲劇のヒロイン”秋月律子の最初にして最後の作詞作曲となった「いっぱいいっぱい」である。しかも歌うのは、その従兄弟であり、男性でありながら女性アイドルのトップに立った秋月涼である。話題性には事欠かない。
 鮮烈なデビューを飾った彼は、瞬く間に、女性アイドルの頃より遥かに速いペースでトップへの階段を登っていった。
 そう、何もかもが俺の計画通りに進んだ。恐ろしいほどに…。

 そして、1年の月日があっという間に過ぎた。

■■■

 涼君のラストライブは当然、ドーム球場だ。もうすぐ出番が迫る中、彼にも緊張の色がありありと見えた。

「どうした?涼君?緊張してるのか?」
「プロデューサーさん…ええ、まあ…」
「大丈夫…キミなら出来るさ…」
「そう…ですよね。ライブの最後の曲にプロデューサーさんが選んでくれた『いっぱいいっぱい』に…ううん、律子姉ちゃんに笑われないように頑張ります!」
「その意気だ!よし、行ってこい!」
「ハイ!!」

 光の差すステージに駆けて行く涼君に、俺は背を向けた。

 悪いな…涼君。でも、キミには感謝してるよ…礼を言う。
 キミのお陰で、日本のアイドルの歴史に「秋月律子」の名前を深々と残すことが出来たよ。もう、消えないくらい、深々とね。
 残念ながら、俺の目的はそれだけだ。キミの価値も、俺にとってはそれだけでしか無い。
 だが、キミも俺のお陰でトップアイドルになれたんだ…。文句はないだろう?等価交換という奴さ…。
 ま、キミがこの後、どういった道を歩むのか興味はないが…せいぜい頑張ってくれたまえ。キミの名声が高まるほど、律子の『いっぱいいっぱい』の価値もまた、上がるのだから。

 さて、俺はそろそろ行くよ。ステージなんて、今更見るまでも無い。
 どこに行くか?決まってるだろう?

 律子のところだよ。

 律子が言ってたろ?「私の眼鏡、好き?嫌い?」って。
 こういうの、面と向かってはっきり言ってやらなきゃいけない女なんだよ、律子は。
 1年も放っておいたんだ。きっと怒ってるだろう。逢った瞬間に正座だな、こりゃ。
 ま、久しぶりにそういうのも良いさ。ハハハッ楽しみで鼻歌が出ちまう。

 La LaLaLa LaLaLaLaLa…

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